■プロフィール

笹井宏之

Author:笹井宏之
◇1982年夏生まれ
◇ししゃも好き
◇療養生活をおくりながらあっけらか
 ーんと短歌をつくっています

○メールはこちら
 tsutsui@izumy.com
(@は半角文字で入力してください)

【温帯空虚】
題詠100首用のブログはこちら

療養生活あれこれ

■最近の記事
■最近のコメント

■最近のトラックバック
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■FC2カウンター

2月7日の新聞(その2)と追悼朗読会
追悼朗読会1(2011.01.22)

         桃色の花弁一枚拾い来て母の少女はふふと笑えり  

                 ~ 筒井宏之 「佐賀新聞」掲載作品より ~



西日本新聞の記者さんから1月22日の追悼朗読会の時の写真を何枚か
送っていただきました。

私たちが全く会場の写真を撮っていませんでしたので、お願いしたところ
快く送ってくださいました。

少し紹介します。

上の写真は「おおはくちょうのそら」を朗読している笹井の母、和子さんです。
絵本のスライドは私がパソコンを使いプロジェクターから映し出す担当。
弟孝徳がこの物語のために作曲した約16分の曲を流しながらの朗読でした。

とっても上手でした。
和子さんの朗読と次男孝徳の曲に感動しました。

宏之に捧げる私たち家族3人の合作でした。

宏之ももちろん参加していましたので「4人の合作」でした。


追悼朗読会2(2011.01.22)

会が終わり、入口受け付けロビーでの談笑風景。とてもなごやかでした。
カウンターでは3冊の本を販売していただきました。

一番手前に頭だけ後姿で私も登場です。


追悼朗読会3(2011.01.22)

ロビーの奥に、宏之の写真(タペストリー)と宏之が愛用したフルートを飾りました。

宏之が奏でる「浜辺の唄」が、私たちには聞こえてきました・・・・・・



和子さんの朗読の後に、たくさんの親しい方たちが思い想いに宏之の歌を、そして
宏之とのエピソード、思い出を語ってくださいました。

語って下さる方のひととなりや、読んで下さる宏之の短歌から私がその場でイメージ
した曲を、即興でしたが碗琴で重ねさせていただきました。

合間に宏之の【SaSa-Note】から「生命の回廊」などの楽曲を聴いていただきました。

最後は私の大好きな曲「桜」を流して、会を閉じさせていただきました。


「手作りの和やかなすてきな会でしたね」
と、お集まりいただいた皆さまから労いのおことばを頂戴しました。



2月7日の新聞(その1)の続きは、長くなりますので追記に西日本新聞に掲載された
全文を記しました。よろしかったら、下記の続きを読むクリックしてご覧ください。



     西日本新聞掲載記事(2011.01.20と02.07)

2月7日の新聞(その1) の続き全文。

宝石のような歌 読み継がれる
早世の歌人 笹井宏之さん 没後2年・・・3歌集が店頭に

 透明感とかなしみをたたえた作風で将来を嘱望された佐賀県有田町の歌人、笹井宏之さん=本名筒井宏之=が26歳で亡くなってから、先月24日で2年が経った。同日には『えーえんとくちから笹井宏之作品集』と第2歌集『てんとろり』が刊行された。これまでオンデマンド本(ネット注文の印刷本)しかなかった生前唯一の歌集『ひとさらい』も、新装版の第1歌集として書店に並んだ。遺された作品群は一層の広がりを見せている。

        ◇◇

 インターネットの短文投稿サイト、ツイッターに先月21日、こんな文章が書き込まれた。〈もうすぐ笹井宏之さんが旅立たれて2年になります。今年も(略)皆さんのお好きな歌を書きこんでいただけたらとおもいます。命日は1月24日〉。画面の上に、いろいろな人が書き込んだ笹井さんの歌が連なる。少しずつ書き継がれていく巻物のように。

 吊り革に救えなかった人の手が五本の指で巻き付いている

 この歌は、詩人の三角みづ紀さんが書き込んだ。約2年前に笹井さんを知った。「短歌という表現にますます憧れと興味を持つきっかけになった」と話す。短歌も詩も言葉を用いる点は同じだが、笹井さんの歌に「短い定型の中で、洗練され凝縮されて、そこに残ったものは宝石のように澄んでいる」と感じたという。

 すこしずつ存在をしてゆきたいね なにかしら尊いものとして

 「柔らかく簡潔に、心に突き刺さる。はかりしれない切実と生きることへの願望に満ち溢れている」
 ツイッター上には今、数百の笹井さんの歌があふれている。

        ◇◇

 笹井さんは幼少のころから原因不明の体調不良に悩まされ、長い療養生活を余儀なくされた。〈重度の身体表現性障害。自分以外のすべてのものが、ぼくの意識とは関係のなく、毒であるような状態です。テレビ、本、音楽、街の風景、誰かとの談話、木々のそよぎ〉
 作歌を始めたのは2004年。大好きな作曲のためにピアノに向かうこともままならず、寝たきりでもできる創作が短歌だった。携帯電話で紡ぐ言葉には、鮮やかな詩的飛躍と繊細な比喩、どことなくおかしみがあり、ネットを超え歌壇でも高く評価された。だが第1歌集『ひとさらい』をオンデマンドで出した翌年、心臓まひで帰らぬ人となった。「無念。歌集の刊行以降、何か透明感を超えた生身のものが出てきていた。歌人としてどう成熟し大きくなるか、期待していた」と師である歌人加藤治郎さんはその死を惜しむ。
 笹井さんの家を訪ねると、笹井さんがいた部屋は手付かずのままだった。布団から手を伸ばし届く範囲にぎっしり、歌集や詩集、漫画や小説が並んでいた。

 したいのに したいのに したいのに したいのに 散歩がどういうものかわからない

 「悔しくて、よく歯くいしばって泣きよったですよ」。母の和子さん(59)がつぶやいた。
 父の孝司さん(59)は、止まったままだった笹井さんのブログ『些細』を、死の4カ月後から徐々に更新している。自宅周辺の四季の写真に、笹井さんの歌を添えて。「短歌のことは何も分からなかったけど、ちゃんとあるんですよね。ぴったりの歌が」
 家族がが少しずつ作品と向き合い始めた昨年、出版の申し出が相次いだ。『えーえんとくちから』は、生前笹井さんと交流した歌人など5人が245首を選び、帯には作家の川上未映子さんが文章を寄せた。編集者の藤本真佐夫さんは「伝統を超え、普段短歌を読まない人の心にも届く歌」と話し、既に増刷が決まった。
 一方、『てんとろり』は加藤さんが選者を務め、歌誌への寄稿やメーリングリスト歌会などに出した06年からの作品が時系列で並ぶ。創作者としての足跡だ。「生きることの苦しみを乗り越えたところにある優しさがある。内面に閉じこもるのではなく、どこか遠い風景や外の世界を願う感覚があり、それが受け手にふっとつながる」。加藤さんは、笹井さんの歌が読み継がれる背景をそうとらえる。

        ◇◇

 先月22日、有田町のポーセリンパークで開かれた追悼朗読会には100人近くが集まった。生前を知る人、作品を通して知る人が、好きな笹井さんの歌を時折声を詰まらせて朗読した。

 ああそれが答えであった 水田に映るまったいらな空の青

 ゆびさきのきれいなひとにふれられて名前をなくす花びらがある

 壇に立った歌人の今泉洋子さんは「宏之さんの歌は生の証明だった」と語った。
 音声としての言葉は、発した瞬間に蒸発してしまう。でも笹井さんが携帯電話で打ち込んだ言葉は短歌という形で、ネット上と書籍に刻まれた。その輝きを確かに保ったまま、言葉は人から人へと伝わっていくだろう。現代の口承文学として。
 (大矢和世)
スポンサーサイト
残照 | 20:54:49 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
有田まででかけたかったです。まだまだ受験生のこどももいる子育て真っ最中なのでありたまではいけませんでした。こちらで本を購入しようとおもっておりますが、なかなかてにはいりません。佐賀に帰省した時に本屋にたちよります。今度はかならず(+_+)NHKを拝見してから、ブログはかならずはいけんしております。宏之さんの作品に感激しつつ、おとうさまおかあさまの愛情にきょうかんしながら、子育て中の自分への道標です。子供に関してなにかと、不安、不満、等々、迷ってばかりの毎日なので、宏之さんの、短歌が心洗われる、きずかせてくれる。大切な文章なので、よみたくなります。これからも、かげながら応援します。全国のかたに知ってもらえるように
2011-02-10 木 19:41:33 | URL | かずこまま [編集]
かずこまま 様
ご丁寧なコメントありがとうございました。

宏之の歌が、かずこままさまのお力に
なっているのであれば、うれしいことです。

宏之の歌がたくさんの方々のもとへ届き
ますように、これからも応援してください。

また、お立ち寄りください。
ありがとうございました。
2011-02-10 木 21:58:12 | URL | 筒井孝司(笹井の父) [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad