投稿日:2006-04-26 Wed
私たち、来る日も信号機のなかで産み落とされるのを待っていた
投稿日:2006-04-26 Wed
いっぺんに雨になろうとする君をいだけば常夜灯のわたくし(題詠blog投稿歌)
いっしんに雨になろうとする君をいだけば常夜灯のわたくし
(投稿後、改作)
投稿日:2006-04-26 Wed
スカートかズボンかわからないものを身につけている目黒区の人
投稿日:2006-04-26 Wed
うすあおいマスクのしたでわらったりおこったりする歯科医のむすこ
投稿日:2006-04-26 Wed
せせらぎを売ってくらしている人にうっかりであえそうな夕映え
投稿日:2006-04-26 Wed
ポテトチップスのふくろにはいってる秘密の数をかぞえあう夜
投稿日:2006-04-26 Wed
したあごが海岸線になっている人のとなりで時刻表を買う
投稿日:2006-04-26 Wed
シェービングクリームからの伝言をしっかりうけとめる洗面器
投稿日:2006-04-26 Wed
茹ですぎたわらびを噛んで噛みおわりあなたのくせっ毛を思い出す
投稿日:2006-04-26 Wed
からっぽのからだのために玄関を求めた 遠い春の日だった
投稿日:2006-04-26 Wed
十月の桜のような顔をして釣具屋のおじさんが寝ている
投稿日:2006-04-26 Wed
籐椅子で私を編んでいたころの母はひじょうに文学でした
投稿日:2006-04-26 Wed
親戚がブロッコリーを食べている 親戚はブロッコリーを食べる
投稿日:2006-04-26 Wed
ゆすったらあなたがひとになってゆくおそろしいおそろしい揺り篭
投稿日:2006-04-26 Wed
自転車と私がすこし死んだので夕陽はとてもあかいのでしょう
投稿日:2006-04-26 Wed
ドレッシングがしずかに澄んでゆく朝の並々ならぬひかりかなしみ
投稿日:2006-04-26 Wed
キッチンを冥王星と大関が過ぎていったよ もう五月だよ
投稿日:2006-04-26 Wed
鼻先を夜領域に差し込めば夜領主から手紙が届く
投稿日:2006-04-26 Wed
バスタブへ指をひたせば全身が孔雀のように羽をひらいた
投稿日:2006-04-26 Wed
くちびるを飛び去る風がまぎれもなく声のかたちであるのに気づく
投稿日:2006-04-26 Wed
100首できてからいっきに投稿しようなどと考えていた不届き者です。が、やっぱりちゃんと走ります。
どうぞよろしくお願いします。
投稿日:2006-04-16 Sun
新年度ということで、表紙や紙の手ざわりがガラっと変わっていました。 あたらしく入会された方の作品も興味深い。
印象に残った歌をいくつか挙げていきたいと思います。
水面を素足で混ぜる沈んでも沈んでもそっと浮上する月
伊波真人
口語は風景を書きとめるのにあまり向いていない、けれどもこの歌を読むと
壊れてはかたちを取り戻す月がありありと浮かんできます。
少年は素足で混ぜたその月を、どのように眺めていたのでしょう。
どの駅にも駅舎があって店がありいつかはここに住もうと思う
井辻朱美
ファンタジーの世界を31文字削岩機でごりごりっと掘り取ってきたような
世界観を持っておられる井辻さん。
そのなかにこういう“宿屋”的な歌があると、なにかほっとします。
ファンタジー世界への憧れを越えて、人の持つ“こころ安らぐ場所に住みたい”
といった普遍的なおもいを感じさせてくれる歌です。
花冷えの風に酔いまで冷めたころカラスが啼くから帰ろ、どこかへ
オカザキなを
「どこかへ」のところで、この歌にさらわれてしまうのではないかと、ふるえました。
どこにだって帰れる場所はあるさ、とも読むことができるし、
どこか得体の知れない場所へ連れていかれる感じもあります。
お酒を飲んだあと、ひとりで夜明け前の路地を歩く。
そして、うれしいともかなしいともつかない表情で「帰ろ、どこかへ」とつぶやく。
そんな作者が、僕には見えました。
パインアメ輪っかのままで飲みこんで今日胃袋と婚約したの
柴田瞳
説明不要の衝撃とおもしろさ。
でもがんばって説明してみると……パインアメ、
あの安価で求めることができるパイン味の飴ですね、
あれをなにかの拍子で飲みこんで(たぶんのどが痛かったのだと思う)、
形状から婚約指輪のように思われた。
そして婚約したように思われた。
まあ、でも溶けてしまうし、すぐに婚約解消になって……。
ごめんなさいうまく説明できません。
でもそういう歌こそ、強力なのだと思います。
連作としては丹羽まゆみさんの「まなこは風のやうに」がおもしろく、
駄菓子屋と駄菓子屋の“ばつちやん”をとりまく8首がひとつの小説のように展開されていて、
巧みでした。
* * *
なんでもかばんに詰めたがる僕にとって、
なんでも詰まっている『かばん』 の雰囲気は心地よいです。
投稿日:2006-04-15 Sat
『紙ピアノ』2006年
風媒社
著・伊津野 重美
写真・岡田 敦
カラー写真に短歌の添えてあるページがあるという、ぱっと見きれいな歌集。
でも読んでいくうちに、作者はこころやからだにつらいものを持ち、
かなり厳しい闘病生活を送っている(あるいは送っていた)ことが分かります。
ハレーションおこした街に眩み立つ ましてあの世は目映き荒野
皮膚を張る骨盤に性の名残おく拒食患者と共に湯に入る
ブラインドの羽傾けて天上の光を入れる 強く生きたい
一首一首を読んでいくというより、歌の向こう側にいる作者の姿がどんどん見えてくる、それを追いながら、読んでいく本、読ませていく本です。
個人的なことですが、途中からは、つらくて冷静に読むことができませんでした。それでも歌集を放り出せなかったのは、この歌集から目をそむけることは、作者の、というより、すべての人を取り巻く現実、こころから目をそむけることになるように思われたからで、
肉のうち深くから出づ指の骨 ただ抱きしめてほしかったこと
中盤くらいまでは、この歌がいちばんの絶唱だと思い読みすすめていました。
後半、少しずつ光へ向かう作者が見えてきます。
うすべにがうれしいのです一心に蘂降り注ぐ道のやさしさ
作者は、おそらく激流ような絶望を受け入れ、
そこからひとすくいの希望を見出すことができたのでしょう。
眩しがる瞳よ ああ なんという不思議 あなたがわたしを愛し始める
(*ルビ 瞳=め)
あえて、もっともまぶしかった歌は引きません。
この歌集に収められている歌は、誰のこころにも存在しえる、苦しみ、悲しみ、
そして、希望です。
投稿日:2006-04-15 Sat
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